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 生き血をすする、閾値




 あ、書いてみたかっただけ

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 生き血をすする、閾値




 あ、書いてみたかっただけ

 賢明な読者(がいれば)と、自分には、酷く、既視感のある文章


 でも、思考錯誤しているので、何回も書いてしまうこと




 まぁ、批評のうちの、一般的な表現活動、もしくは、芸術と呼ばれるものへの批評についての、考察




 芸術(この言葉は嫌いだから、あまり使いたくはないのだが)に関してのブログのエントリは、難しい(ここ
でも書いたとおり)




 いや、ブログと言わず、プロの批評家にしても、そういう批評は、主観に頼らざるを得ないし、読者も、その批評家の主観を頼りに、批評を読むだろう




 何故、そういう批評が、主観に頼るか、というと、芸術は、他人の主観に働きかけていこう、という行動なのだし、客観的な批評、というと、データの羅列になってしまう(音楽でいうと、世界で○○万枚売れた、とか、ランキング一位獲得、とか、ノエル・ギャラガー絶賛とか)




 だから、もっぱらも、そういう批評をする時は、もう、主観ベタベタで書きますよ、という宣言

 賢明な読者(がいれば)と、自分には、酷く、既視感のある文章


 でも、思考錯誤しているので、何回も書いてしまうこと




 まぁ、批評のうちの、一般的な表現活動、もしくは、芸術と呼ばれるものへの批評についての、考察




 芸術(この言葉は嫌いだから、あまり使いたくはないのだが)に関してのブログのエントリは、難しい(ここ
でも書いたとおり)




 いや、ブログと言わず、プロの批評家にしても、そういう批評は、主観に頼らざるを得ないし、読者も、その批評家の主観を頼りに、批評を読むだろう




 何故、そういう批評が、主観に頼るか、というと、芸術は、他人の主観に働きかけていこう、という行動なのだし、客観的な批評、というと、データの羅列になってしまう(音楽でいうと、世界で○○万枚売れた、とか、ランキング一位獲得、とか、ノエル・ギャラガー絶賛とか)




 だから、もっぱらも、そういう批評をする時は、もう、主観ベタベタで書きますよ、という宣言

 彼と、僕とは、親と子ほど年が離れていたが、不思議とウマが合った


 陳腐な言い方をすると、長年、苦楽を共にした友人のように




 星屑拾いへ行く時は、常に一緒だったし、まるで恋人のように、寸暇を惜しんで、会話が続けられた




 「なんで、こんなもの、欲しがる人がいるんでしょうね?」


 「さぁ、知って何になるかの?


  若いということは、余りに無謀で、醜くて、美しいのぉ」




 彼は、なぜなぜぼうや、のような僕の質問に、愉快な苦悶の表情を浮かべて、答えてくれた




 

 彼と、僕とは、親と子ほど年が離れていたが、不思議とウマが合った


 陳腐な言い方をすると、長年、苦楽を共にした友人のように




 星屑拾いへ行く時は、常に一緒だったし、まるで恋人のように、寸暇を惜しんで、会話が続けられた




 「なんで、こんなもの、欲しがる人がいるんでしょうね?」


 「さぁ、知って何になるかの?


  若いということは、余りに無謀で、醜くて、美しいのぉ」




 彼は、なぜなぜぼうや、のような僕の質問に、愉快な苦悶の表情を浮かべて、答えてくれた




 

 なんか、最近考えていることって、プラトンの、「イデア」論みたいな感じだから、勉強しようかな、と書いても、結局、勉強しないだろうな、と不毛な文章を




 「歓楽叶わぬ納骨堂庭園」の感情的な人間が感情を抑えて書くという事
を読んで




 まず、元となった記事、「抑制の効いた筆致」という文章


 ittuanさんは、感情的な文章を否定的に捉えているようだが、同じ日の日記のCD評は、ある程度、感情を出さなければ、書けないものだと思うし


 「感情的」というよりは、「無駄に扇情的」と言った方が正しいと思うのだが 




 >「本当に腹が立っていても、それを表に表す必要はないのだ」


 自分は、実生活でさらけ出すことの出来ない感情や些事を書くために、感情を垂れ流すために、このスペースを使っているので、激しく違和感




 >「文章はその人を表す」なんてことをぼくに言った社長がいたが、これは半分ホントで半分ウソだと思う


 確かに、ブログで書く文章は、虚飾に塗れたものだろう


 しかし、長い期間、色んなテーマについて書くと、その人の本質は、絶対に露になる


 例えば、文頭を一文字、空ける空けない、とか、ボキャブラリー、とか


 煽るわけではないのだが、感情を表に出して、嫌なことでもあったのだろうか?




 


 「歓楽」の方は、いつも、一貫してるな、と




 でも、なんだろ、「抑制の効いた」というと、自分の場合は、普段、感情的な人が、感情を押し殺したような態度、を思い浮かべてしまう


 鬱陶しさの塊の、ジム・キャリーが主演した、「マジェスティック」だとか

 なんか、最近考えていることって、プラトンの、「イデア」論みたいな感じだから、勉強しようかな、と書いても、結局、勉強しないだろうな、と不毛な文章を




 「歓楽叶わぬ納骨堂庭園」の感情的な人間が感情を抑えて書くという事
を読んで




 まず、元となった記事、「抑制の効いた筆致」という文章


 ittuanさんは、感情的な文章を否定的に捉えているようだが、同じ日の日記のCD評は、ある程度、感情を出さなければ、書けないものだと思うし


 「感情的」というよりは、「無駄に扇情的」と言った方が正しいと思うのだが 




 >「本当に腹が立っていても、それを表に表す必要はないのだ」


 自分は、実生活でさらけ出すことの出来ない感情や些事を書くために、感情を垂れ流すために、このスペースを使っているので、激しく違和感




 >「文章はその人を表す」なんてことをぼくに言った社長がいたが、これは半分ホントで半分ウソだと思う


 確かに、ブログで書く文章は、虚飾に塗れたものだろう


 しかし、長い期間、色んなテーマについて書くと、その人の本質は、絶対に露になる


 例えば、文頭を一文字、空ける空けない、とか、ボキャブラリー、とか


 煽るわけではないのだが、感情を表に出して、嫌なことでもあったのだろうか?




 


 「歓楽」の方は、いつも、一貫してるな、と




 でも、なんだろ、「抑制の効いた」というと、自分の場合は、普段、感情的な人が、感情を押し殺したような態度、を思い浮かべてしまう


 鬱陶しさの塊の、ジム・キャリーが主演した、「マジェスティック」だとか

 全ては、


 全ては、こんな
気分




 君を、視界に入れず


 もーそーが、一日中、相手をしてくれる




 考えなければ、上手くいく


 だから、誰にも言わない


 だから、誰も触れないで




 月の縁側で


 燃ゆる惑星を眺めてみる




 肴は、昔話


 物語にするのも馬鹿らしい


 何も手に入れられない冒険譚




 そうじゃない


 怒りは、所有欲




 ストレスから、全力疾走で逃げ去る


 併走してくれる、不眠症の兎

 全ては、


 全ては、こんな
気分




 君を、視界に入れず


 もーそーが、一日中、相手をしてくれる




 考えなければ、上手くいく


 だから、誰にも言わない


 だから、誰も触れないで




 月の縁側で


 燃ゆる惑星を眺めてみる




 肴は、昔話


 物語にするのも馬鹿らしい


 何も手に入れられない冒険譚




 そうじゃない


 怒りは、所有欲




 ストレスから、全力疾走で逃げ去る


 併走してくれる、不眠症の兎

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